音楽医学

演奏会までの道のり①

投稿が滞っていました、早速...。

復活記念リサイタルのことは既に書いてしまいましたが、ジストニアで困っておられる演奏家など音楽関係者の方に少しでもヒントになればと思い、舞台に上がるまでにやってきたことを少しずつ書いていきます。
でもまずはジストニアになった経緯から。

発症したのは(おそらく)大学3年の時。最初、両手ともに「ドケルバン腱鞘炎」でした。

ピアノを弾くと勿論痛い、それ以外にも料理やカバンを持つ、字を書くなどありとあらゆる動作で親指を動かすとピキッと痛みが走っていました。でも、大学の先生が目をかけて下さってやたら長い時間レッスンしていただいていたり、試験前だったり、私の負けず嫌いな性格も相まって、病院(普通の整形外科)へ通って痛み止めのボルタレンを服用しながら多いときで1日10時間弾いていた日もありました。

私は身体が小さく、もちろん手もかなり小さめだと思います。8度が届くかな、というくらいです。それにもかかわらず、ショパンの英雄やリストのリゴレットパラフレーズなど、オクターブで親指を思いっきり広げ、腱鞘炎になりました。それでも、左手の方がまだ手は開きやすかったので、先述した2曲は左手でのオクターブ連打が多いですが、右手の方が痛みが酷い状態でした。その当時まだ体の使い方や解剖学といったことが必要だなんて思ってもみなくて、ただひたすら痛いのを我慢して弾き続けていました。最初診て頂いたお医者様は、「若いからステロイド注射はしたくない」と仰って、効かないボルタレンをずっと飲み続けて無理やり弾き続けていました。

その後、こんなに厄介な疾患とお友達になるとはいざ知らず…。

痛みは体から発せられる、「負担が大きいから一旦立ち止まって!」というシグナルです。楽器それぞれの特性で、この楽器奏者はここを傷めやすい、というのがある程度あるとも報告されています(先日のブログでご紹介した書籍でも書かれていたと思います)。無理せず、痛むときは楽曲分析をしたりして、身体ではなく頭や耳を使っていつもと違う音楽との向き合い方を試してみてくださいね。

長くなるので今回はこの辺で、次回、ジストニアの兆候が表れた時のことから書いていこうと思います。

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